UNITED DX UNITED

~トップの覚悟が会社を変える~
味の素株式会社CDOが語るDX成功の秘訣

対談

ユナイテッド株式会社では、各業界でDXのトップランナーを取材しています。

今回は食品業界でデジタルトランスフォーメーション(DX)を急速に押しすすめている味の素株式会社へ取材に行きました。味の素グループは、世界一のアミノ酸メーカーとして高品質のアミノ酸の独創的な製法・利用法の開発を通じて事業領域を拡大し、国内外で食品事業・アミノサイエンス事業を柱とした幅広い事業を展開しています。味の素グループのDXを牽引してきた 取締役 代表執行役副社長 CDO 福士 博司氏に味の素株式会社がこれまで展開してきたDX戦略の全貌を伺いました。

1.DXのきっかけ

米田吉宏(以下、米田):御社がDXに本格的に取り組み始めたのはなぜでしょうか。

<味の素株式会社  取締役 代表執行役副社長 CDO 福士 博司氏>
味の素株式会社 取締役 代表執行役副社長 Chief Digital Officer(CDO)。北海道大学大学院工学院 合成化学工学修士(1984)。同年、味の素入社。アミノ酸事業を中心に技術畑を経験。MBA (Univ. of Southern Queensland) 取得後、ヘルスケアを主体とした事業畑に転向し、取締役 専務執行役員 アミノサイエンス事業本部長時代に事業改革を実行。現在は取締役 代表執行役副社長 CDOとして全社のデジタルトランスフォーメーションを推進中。『2000パーセントソリューション』(和訳)、We Will Make the World Green、A Strategic Approach to the Environmentally Sustainable Businessなどの著者。

福士 博司氏(以下、福士):2016年ごろ、当社の株価は連続して下落し続けていました。つまり、これまでのビジネスモデルでは通用しない、いままでの延長線上では成長が期待できないと突き付けられていたわけです。ビジネスモデル、戦略、カルチャー全て変革しないと、味の素グループは一兆円企業でいられなくなる。この強烈な危機感から、我々はDXに取り組み始めました。

経営改革に関して取締役会で議論を重ねた結果、今の時代において、変革するならデジタルを活用するほかないという結論となりました。日本企業も当社もDXが遅れている。ここに本気で取り組む方針を決め、そのタイミングで私がCDOに任命されました。

2.DXの着手段階

米田:御社が具体的にDXに着手していくにあたって、どのような戦略を立てていたのですか。

福士:まずは、デジタル変革をするにあたって半年で60ページのポリシーを作りました。そのポリシーの冒頭に、パーパスを据えました。味の素グループのパーパスは、「食と健康の課題解決企業になる」。これ自体が、つまりパーパス企業になることが変革であると定義しました。経営変革は単なるデジタライゼーションやデジタル技術の導入ではないのです。デジタライゼーションだけでは会社は変革せず、会社としての志を明らかにすることから変革は始まるということです。

米田:戦略の前にパーパスを決めたのですね。そこにはどういった背景があったのでしょうか。

福士:当時、既に実行されていた取り組みに、「働き方改革」がありました。働き方改革は個人の問題であるので、直接的に会社の変革になりません。会社の変革をするために、DXを始める必要がありました。

今まで会社のミッションというのは規模拡大、営業利益率の向上にフォーカスしており、それぞれ事業別に取り組んでいました。ですが、経営変革をするにあたって、ひとりひとりが何のために働くかという志を明らかにする必要があると気づくこと、これが大変重要です。今後、食と健康の課題はますます大きくなっていきます。それを解決する企業が味の素社でありたい。これを我々がDXをやる意味としました。

米田:なるほど。DX戦略はどのように策定されましたか。

福士:パーパスによりDXの目的を定めた後は、戦略策定です。我々オリジナルの方法をとるのか、それとも世の中一般的にある中から我々に適したやり方を選ぶのかを見極め、そこからDXのモデルを決めました。当社では、DXの意義として、一社では出来ない「社会課題の解決」というコンセプトをいれました。「デジタルで他企業と連携しながらエコシステムをつくる」これが当社のDXの鍵となります。

当社は、変革の段階として、5つのステップを定義しています。「DX0.0=DX準備フェーズとして働き方改革」、「DX1.0=全社オペレーション変革」、「DX2.0=エコシステム変革」、「DX3.0=事業モデル変革」、そして最終段階として「DX4.0=社会変革」へと、事業の内容・規模ともに変革させていく取り組みを、2030年に向けて推進していくというものです。

このモデルは、パーパス経営に繋がっています。DX4.0段階では、社会的課題の解決を目指すからです。DX着手段階で一番大切なことは、DXを「何のためにやるのか」を明確にすることだと思います。

<ユナイテッド株式会社 執行役員 事業戦略担当 米田 吉宏>
慶應義塾大学経済学部卒業後、 2010年株式会社電通入社。2013年ボストン コンサルティング グループ入社後、主に通信・メディア・テクノロジー領域の経営戦略策定、新規事業開発、営業戦略、組織戦略等を担当。プロジェクトリーダーとして従事した後、2019年3月ユナイテッド株式会社執行役員に就任(現任)。DXソリューションの立案/推進と、全社戦略/組織強化を担当。

米田:他企業の中にはDX戦略に取り掛かるとき、既存事業をそのままに置いたまま、新規事業に走るケースもあります。DXをやると決める際に、そもそもなぜ全社戦略レベルでDXをやるのかを明確にすべきだと思います。全社戦略にともなう変革の中でデジタルを活用するところにいきつく、というのが理想です。経営層がリードして全社戦略レベルで昇華できるか否かが大事なポイントとなってきますね。

御社はスムーズにDXを実行されていたと思いますが、どのような工夫があったのでしょうか。

福士:実は当社もすぐ実行できたわけではなく、葛藤はありました。

やはり、最初は変革組はマイノリティーです。CDOに任命された当時は、予算も、組織もなく、戦略が私の頭の中にあるだけでしたから。そうした中で、なんとかDXを実行していくために重要なのは、経営陣がどこまで腹を据えられるかです。私が思うに、変革と呼ばれるのは全てトップの覚悟が必要だと思います。特に、社長の覚悟は本当に重要です。

米田:重要なお話ですね。DXだけに留まらず、変革とよばれるものには全て覚悟が必要です。福士氏は、これまでに組織変革の経験をお持ちだったのですか。

福士:私は6年間事業本部長をやってきた経験があるので、組織の変革、結果としての事業ポートフォリオ、戦略、カルチャーの変革には自信がありました。つまり、基本的なストラクチャー、変革の戦略のノウハウは持っていました。DXにあたっては、そこにデジタル要素を入れ込む事が必要でした。現在、まさに社会全体がデジタル変容を遂げつつありますが、大きな変容の波が来ているとき、この波に乗らなければ飲み込まれてしまいます。したがって企業のサバイバルの上でもDXは重要になってきます。DXなくして企業の存続はない、私はそう思っています。

3.変革の実行段階

米田:実行段階で全社を動かすにあたり、組織面で工夫されたことはありますか。

福士:基本的にDXの推進体制は縦串と横串に分けられます。既存事業が縦串であるならば、機能の変革のDXは横串です。当時はCDO一人で多勢に無勢でしたので、なかなか縦串との調整が難しかったのです。DX推進組織を準備室段階から拡充し、やがてDX推進部へと進化させてきました。一部の機能は社長直轄にして、縦串との調整をスムーズにした時期もありました。組織は生き物なので、現在も組織の在り方については、正解を模索中です。

米田:変革していく段階では、通常縦串が強いと思いますが、そこではどんな困難がありましたか。

福士:縦串が強いというのは、実態として、ヒト・モノ・カネが縦串しかいないということですよね。その中で、DXはゼロからのスタートとなるので、DXをすることでどのような組織にして、いくらのお金をどこに使って、どういうアウトプットを出すのかを会社として意思決定する必要がありました。そこで、6年分の戦略資料作って、経営会議および取締役会に諮りました。計画は、既存事業でイニシアティブをとるもの、DX推進委員会でとるものの二本立てからやがて一本化にするというもので、要員に関しても最初は事業部の要員と兼務にしました。そうして、人と事業の流れを明確にしていき、変革の実行性の現実味を出していきました。

4.DXで成果を出す段階

米田:プランをつくる時によくある失敗として、現業から離れてROIを考えてしまい、実行段階に落とし込めないことですが、そこはどのように克服していきましたか。

福士:私は長年に渡って事業経営をしてきた経験があるので、現場が何を必要としているか分かっていました。味の素社がパーパス経営で重要視しているのは、M&Aや設備投資ではなく、無形資産への投資、人財、教育、マーケティング、データへの投資です。

米田:なるほど。

福士:実際に成果が出始めています。対外的に出している数字にコミットするために、3倍くらいの効果を出すような気持ちで施策を打っているのです。変革では、必ず成果を出して、組織を成功のサイクルに入れる事が重要になってくると思います。

そして、もう一つ、経営層が対外的な情報交換やコミュニケーションを通して、事業周りを理解するのが重要だと思います。私の場合、CDO Club Japanの場でエコシステム形成の知見を得てきました。このような場で、他社の経営者がどのように取り組んでいるのかも勉強しながら、DXの方針を練っていきました。

米田:福士氏は、CDO Club Japanが主催する「CDO Summit Tokyo 2020 Winter」において、最高デジタル責任者(CDO)という役割の認知と普及に貢献した個人を表彰する「Japan CDO of The Year 2020」を受賞されていましたね。

福士:ありがとうございます。私が思うに受賞できた大きな理由は、会社の変革に社会的課題の解決を挙げていたからだと思います。つまり、パーパス経営の中にエコシステムを入れたことが評価されたのではないかと思います。

5.DXのその先

米田:御社がDXの次に見据えているのはどのような世界ですか。

福士:当社は食品事業を中心としていますが、現在は健康診断事業への進出や医療機関との提携もしています。

業界を跨いだ動きは、食品業界の中では味の素社が先駆してきました。ですので、今後当社のDXはどこへ進んでいくのかとよく聞かれます。私は、DXの先に「産業構造の変化」があると理解すべきだと思います。当社は、日本全体、世界全体で産業構造が変わる中で、新たな食と健康に関する産業構造でリーダーシップを発揮していきたいと考えています。

味の素社の主力事業である食品の周辺でも産業構造に動きがあるはずです。例えば、2030年にタンパク質クライシスが起こります。ということは、2025年にはパニックになり始めると考えられますよね。現時点でもその兆候が出始めています。その証拠として様々な食品の値段が上がってきています。サステナビリティや人口増加、経済復活、気候変動などにより、需要と供給のバランスが崩れてきているのです。

食べ物が不足する未来については、日本より欧米諸国の方がセンシティブに考えています。その一例が動物肉に代替する大豆ミートです。実は、大豆は完全なサステナブルミートとは言えません。大豆の生産にはジャングルを切り開き、水も多く要します。当社はその課題に目を向け、サステナブルな方法で、アミノ酸とタンパク質を作って、摂取する方法を考え始めています。

米田:DXを今所属する概念の産業の切り方に固定すると、結局継続的な成長が実現しにくいということですね。ですから、既存産業に囚われず、産業を拡張していくこと自体をDXと定義しないと本質的とは言えないですね。

福士:そうですね。サステナビリティには、イノベーションが必要です。そこにはデジタル的なイノベーションもありますが、化学的なイノベーションがビジネス的なイノベーションと結合しないとサステナブルは実現しないと思います。

米田:パーパス、戦略、ガバナンスなど企業経営に必要な要素をしっかり実践され、DXを推進されているのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。