ユナイテッド株式会社が主催するウェビナー「マーケティングから始めるDX」をお届けします。ゲストにエバーパークLLC 代表、『マーケティング視点のDX』の著者である江端 浩人氏を迎え、当社からは執行役員 事業戦略担当 米田 吉宏が登壇しました。
江端氏の考える本質的なデジタルトランスフォーメーション(DX)とは
皆様もご存じの通り新型コロナウイルスの感染拡大により、世の中はデジタル化が加速し、クラウド化やオフサイトワークが進んでいます。
書籍『対デジタル・ディスラプター戦略 既存企業の戦い方(日本経済新聞社出版)』では、どの業界がデジタル化を推進しなくてはならないかが記されています。紙メディアやIT、流通業界は早々に対応が必要といわれ、まだしばらく先と思われていた運輸、医療業界までも、早急に対応せざるを得ない状況になってきています。
私は昨年『マーケティング視点のDX』という書籍を出版しました。デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)とは、デジタル化を投入するだけでなく、マーケティング視点を取り入れることで成功すると考えており、その理由と事例をこの本に挙げています。

<エバーパーク代表、江端浩人事務所代表、iU 情報経営イノベーション専門職大学教授 江端 浩人氏>
米ニューヨーク・マンハッタン生まれ。米スタンフォード大学経営大学院修了、経営学修士(MBA)取得。伊藤忠商事の宇宙・情報部門、ITベンチャーの創業を経て、日本コカ・コーラでiマーケティングバイスプレジデント、日本マイクロソフト業務執行役員セントラルマーケティング本部長、アイ・エム・ジェイ執行役員CMO、ディー・エヌ・エー(DeNA)執行役員メディア統括部長、MERY副社長などを歴任。現在は各種企業のDXやCDOシェアリング、次世代デジタル人材の育成に尽力している。メンバー7500名の次世代マーケティングプラットフォーム研究会主宰(日経クロストレンド)
DXにおける4Pモデル
この書籍の中からDXを進めるうえで重要な項目をお伝えします。
マーケティング戦略ではProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)の4Pが立案や実行に欠かせません。DXでもこのような要素がないかを考え、Problem(問題)、Prediction(予測)、Process(方法)、People(人)という「DXの4Pモデル」を考案しました。
Problemは顧客や自社、業界、社会全体が抱える問題を調査して定量・定性の両面で把握し、定義すること、としています。
Predictionは4Pの中で一番重要な役割と考えます。現状から積み上げていくDXも可能ですが、将来像を見据えたDXを遂行することが非常に重要です。
理想的な姿になるための工程がProcess。これは日本企業が得意とする分野だと認識しています。
最後に、これら全てを実行するために人(People)が必要です。実行に必要な教育や組織を作ることはDXの重要課題です。
DXはProblemから始めることが多いですが、この4Pが絡み合い、解決するケースが多いです。
Problem
Problemに関して、日経クロステック「勘違い社長が招くDXの悲劇」から実例を引用して、ご紹介します。
ITの知識がない会社の経営者が「とにかくDXしろ」と、社内のIT部門に漠然とした指令を下したそうです。社内では実際の事業や業務に関わりのない技術者でDXチームをつくり、当然ながらDXは失敗に終わりました。この事例から言えることですが、DXはとにかくデジタル施策を投入すればよい、ということではありません。まずは、長期的な視点で解決すべきことは何か、デジタルでどう活用するのかを整理し、次にデジタル化すること、アナログで残すべきことを判断することが大切です。
次はあえてアナログを残している会社の事例をご紹介します。
東京ディズニーリゾートでは自動販売機を置かず、人が物を売っています。この会社では人の温かさを提供することを会社のポリシーとして、アナログな部分を残しています。同様に吉野家でも券売機を置かず、注文は人が直接受けています。両社とも人とのつながりを重要視し、アナログな部分をあえて企業価値として残しています。
Prediction
Predictionは今までの手法とは少し違ってきますが、現状の延長線上で改善をおこなうフォーキャスティングより、高いビジョンから逆算して現在の施策を考えるバックキャスティング、という手法で進める必要性があります。
実際にバックキャスティングを取り入れた事例が、米国の電気自動車メーカー「テスラ」が手掛ける宇宙事業です。テスラはロケットを打ち上げることが目的ではなく、将来人間が地球以外の惑星に住むことがあると考え、そのための輸送手段として、この宇宙事業を始めました。これは壮大なビジョンの第一歩です。
日本ではトヨタが富士山麓で「Woven City(ウーブン・シティー)」という未来都市を作ることを発表しています。こちらも壮大なバックキャスティングから現在に至って考えた事例です。
バックキャスティングをどう進めるか非常に難しい問題だと思いますが、似ているのはデザインシンキングの考え方です。理想を描くことで現実とのギャップが明らかになり、その課題をどう解決するか、どのような未来にしたいか、またその課題を解決したときにどうなるのかまで想像する必要があります。
Process
Processは日本企業が得意な分野です。重要なのはマーケティングと技術の両視点で、実現するにはどのような解決策があるかを抽出することです。可視化すべきもの、合理化すべきもの、これらを顧客視点も考慮し、検討をする必要があります。
ディスラプティブなビジネスモデルをつくるには、価値がないと思っていることに価値を付けるのも一つです。
ウーバーイーツがその例になりますが、もともとデリバリー要員でなかった人を雇い、遊休資産を活用して成功したケースです。昨今は、クラウドファンディングも支持が高く、全体像の中に、いかに顧客を巻き込むのかが重要になってきます。
Processフレームワークを記していますが、いかに融合させて活用させるか、徹底的に考える必要があります。
Processから始まった事例として、シェアメディカルの事例をご紹介します。当初、医師が聴診器を耳にあてることで、痛くなることが問題の始まりでした。そこで従来の聴診器に後付けができ、ワイヤレスで心音や呼吸音が聴けるデバイスが開発されました。当時は遠隔診療が認可されていなかったため、あまり需要がなかったようですが、コロナ禍で非接触型の診療が必要とされ、今では世界中で需要が伸びてきているビジネスです。
People
DXを進める中で一番難しいのが人(People)の要素です。縦割りの組織や、新しいことへの抵抗、ケイパビリティ不足、経営者のコミット不足、お客様の理解がないなど、人の阻害要素が懸念されます。ビジネス、マーケティング、デジタルの全ての分野を理解している人がいればいいですが、なかなかいないのが現状です。ですので、これらをどうやって人が融合していくか、が重要になります。
先日、ヤマトホールディングスでは経営層を含む全社員向けに、デジタルリテラシーの底上げとデジタル人材の早期育成のための教育プログラム「Yamato Digital Academy」を開始すると発表しました。ヤマトホールディングスでは今後、DXに一千億円以上を投下する、としていますので、かなりの投資をしていく覚悟なのだと思います。
次にアメリカのFenderという老舗の楽器メーカーの成功事例をご紹介します。
当初はプロを目指す人向けにギターを販売していたのですが、業績が思うように伸びず苦しんでいました。そこで消費者調査をしたところ、購入者は“なかなか上達しない”という理由で1年以内にやめてしまう人が9割もいる、ということや“チューニングが面倒で購入を躊躇する”、“プロ向けのお店に足を運びにくい”という理由が明確になりました。そこでこれらの解決策として、素人でもチューニング方法が分かる「Fender Tune」アプリ、また24時間オンラインレッスンを受講できる「Fender Play」アプリを開発しました。さらにウェブ上でギターの売買や交換を可能にしたことで、ユーザーが活性化し業績が回復したという事例があります。
Fenderは消費者調査で明らかになった課題に対しうまくデジタルで解決していますが、一方で対策を講じなかったアメリカの老舗楽器メーカー、Gibson Brandsは破産しました。
次にアメリカ大手スーパーのWalmartの事例です。一時期はAmazonに追い込まれましたが、2016年からDXを始め、事前注文型の受け取りサービスを開始し、時間のない顧客やコロナ禍での接触問題を解決すべく、時代にマッチして業績も回復しています。
Fender、Walmartどちらも顧客の問題解決から入り、組織や人による阻害要素を排除して成功している事例です。
最後になりますが、日本でもさまざまな技術を持った企業がたくさんありますので、これらを活かすにはマーケティング視点でDXをおこなうことが、今後の日本経済を復活させるカギになるのではないかと考えます。
パネルディスカッション
ユナイテッド米田、および参加者のみなさまからのQ&A

<ユナイテッド株式会社 執行役員 事業戦略担当 米田 吉宏>
慶應義塾大学経済学部卒業後、 2010年株式会社電通入社。2013年ボストン コンサルティング グループ入社後、主に通信・メディア・テクノロジー領域の経営戦略策定、新規事業開発、営業戦略、組織戦略等を担当。プロジェクトリーダーとして従事した後、2019年3月ユナイテッド株式会社執行役員に就任(現任)。DXソリューションの立案/推進と、全社戦略/組織強化を担当。
米田吉宏(以下、米田):弊社ではDXのコンサルティング事業を展開していますが、企業の皆様が何のためにDXをするのか不明瞭なケースが多いと感じています。その中で社員一人一人がどのようにProblemを定義すればよいのか、アドバイスをお願いします。
江端浩人(以下、江端):Problemは、うまく定義できるかどうかで勝負が決まる重要な部分になりますが、実は皆さんの中に種が落ちているのではないかと思っています。まず自分を身近な消費者と捉え、それを自社のサービスでどう改善しプラスにしていくかを考えるのが第一歩です。自社で衰退していくものがあれば、代わりに伸びていくことは何なのかを考える。そのような手法もあると思います。
米田:ありがとうございます。次はウェビナーに参加していただいた方からの質問になります。
米田:DXを始めるにあたって、まず組織から始まってしまうケースがあります。アサインされたメンバーがどう動けばよいのか、アドバイスをお願いします。
江端:DXとは会社の全体的なことでもあるので、その場合は全社を巻き込んでいくことが重要です。DXの組織だけが独断で動くのは形骸的になる恐れがあるので、まず、さまざまな問題を一緒に考えられるような社内のインフラを整備したり、文化を醸成することが必要です。そこで明確になってきた課題や自社のケイパビリティに、付加価値を付けるにはどうしたらよいのかを考えていく方法もあります。あとはリバースメンタリングを行うことで、社員同士がフラットに物事を考えられる雰囲気を作ることも効果的です。
米田:ありがとうございます。続いてProcessについての質問をいただいています。「日本企業・IT部署が得意な領域」と記載がありますが、どのような点を指していますか。
江端:日本企業のIT部門はプロセスを順序立てたり、組み立てることに長けており、この分野でその能力を発揮できると考えます。自社のケイパビリティを可視化することで、マーケターが知らないことを把握できることもありますので、DXを進めるうえで欠かせない存在です。
ひとつ事例として「イモトのWiFi」という、海外用WiFiルーターのレンタル事業を展開する、エクスコムグローバル株式会社の例を紹介します。
この会社はコロナウイルスの影響で海外旅行に行けなくなったことでレンタルの需要がなくなり、売り上げが大きく低下しました。そこで経営者は、他の事業を始めないと会社の存続は厳しいと判断し、自社のケイパビリティを転用してPCR検査キットを販売する通販事業をスタートさせました。今ではWiFiレンタル事業の時より4倍もの売上げがあり、成功した例といえます。今後、コロナウイルスの感染が落ち着いても、その時は海外用ルーターレンタルの需要やコロナの陰性証明が必要かもしれませんので、両事業の経営は成り立ちます。非常にバランスのよい経営ができていますし、マーケティング視点をうまく取り入れています。
米田:確かにそうですよね。かなりドラスティックではありますが、企業として使える部分を活かしていますし、動きも早いです。今のお話は大変興味深かったです。このような成功企業となるには、どのようなマインドセットや仕組みが必要なのでしょうか。
江端:先ほどの事例は収入がゼロになったことが原動力になっていますが、やはり社内共有をできる仕組みを作ることが一番重要だと思います。そうしないと知らないことはそのままになり、アイディアもなかなか出てきません。
米田:ありがとうございます。では次の質問です。広範な知見やスキルが求められる中で、マーケティング的な発想や思考では技術分野への可能性や技能への発展性が弱くなってしまいます。それらの理解を深める取り組みは必須でしょうか。
江端:必須だと思います。日本の教育の課題でもあると思いますが、プログラミングやデジタルに関する知識は、小学生の頃から教えるべきだと考えていて、最低限、概念の理解や動向を把握しておくことは必須だと思います。これは社内の中で、部門を超えて必要なスキルだと考えます。先ほどご紹介したヤマトホールディングスの教育プログラムがその例になりますが、全社員が対象になっています。ですので、マーケターでも技術トレンドやAIの本質を理解していないと、提案の中に組み込むことが難しくなります。
米田:ありがとうございます。では次の質問です。研修時に、経営者向けと従業員向けに求められる内容の違いを教えてください。
江端:両者に大きな違いはないと考えています。基礎知識は両者に必要ですが、分析する手法などの研修は現場の従業員のみでよいと思います。経営者の方はデジタルリテラシーは高めつつ、ある程度、現場の従業員に任せる形でもよいのではないでしょうか。海外は経営者向けのDX研修は多くみられるものの、日本ではまだ数は少ないです。しかし、今後は広まりを見せてくると思います。
米田:ありがとうございます。それでは次の質問になります。これまでの日本企業では独自のITシステムを構築していることが多いと思うのですが、今後システムのチーム化により、外部の方をアサインするケースも出てくると思います。この辺りはどのような潮流になると考えていらっしゃいますか。
江端:コスト面やメンテナンスの面からも、クラウドへの移行やSaaSは流れとして止められないと思います。サービス構築にITリソースを使えるようになってくると思うので、シフトはすべきと考えます。ただ、決済や個人情報に関するセキュリティは難しい部分もあると思うので、特定化できないキーを使ったり、セキュアなところに任せるなど、切り分けが重要になってくると思います。
米田:ありがとうございます。次は、社会の急激な変化に経営層、トップ陣に危機感がありません。有効な手法があればアドバイスください、というご質問をいただいています。
江端:難しい問題ですが、知名度の高い外部のスピーカーを招いて社内勉強会を行うのは効果的だと思います。説得力があり、繰り返しおこなうことで知見も増えていくと思います。リバースメンタリングも、世の中の変化やトレンドを体感できるのでおすすめです。
米田:ありがとうございます。私たちユナイテッドからもひとつ共有したいと思います。経営層に働きかけるには、競合とのベンチマーク、ケーススタディを使い、具体的な成功例や失敗例を伝えることです。そうするとトップ陣に危機感がうまれやすいと感じています。
次の質問です。DXをリードできる人材を求めると、広範な知識が必要になるので非常に難しいと感じています。人材の育成を難しく感じている方も多くいらっしゃると思うのですが、外部人材の登用や内部の育成に関してどのように考えていらっしゃいますか。
江端:今は副業する方が増えていますので、専門性の高い外部の人材を何名かアサインして始めるのがよいと思います。最初は外部サービスを受け必要な部分を洗い出し、それから必要なスキルを内部でどう習得していくか、考えるのが近道だと思います。
米田:そうですね。おっしゃる通り、今は副業をする方も増えていますし、人材を確保できない企業はアドバイザーを付けているところもありますね。今後はこのあたりを有効活用しながら進めるのがよさそうですね。
米田:本日は貴重なお話、ありがとうございました。